医師としてのキャリア形成 自分のゴールを見つけるために


伊賀「その後、武藤さんは侍医を務められ、そしてマッキンゼーに転職されました。これは医学、研究者のキャリアパスからの初めての離脱ですよね? ものすごく大きな決断だったのでは?」
 
武藤「大きな決断でした。6歳の時に医師を志してから30年近く目指していた人生のゴールへのファストトラックを逸脱したわけですから、いろんな思いが交錯しました」
(ファストトラック:ゴールに到達するための最も効率的な近道、伊賀注)
 
伊賀「それでも、大きく舵を切られた理由は何でしょう?」
 
武藤「一方にはずっと目指してきたキレイな道が見えていました。大学に戻って臨床と研究を続け、教授を目指す。教授になったら医局を率いて、自分が志す研究や医療を追求し、その実現を目指すという道です。

 
けれどその道を選べば、50歳過ぎで教授になるまでに一定数の論文を書き、こういう経験を積んで、と、たくさんのプロセスというか、ステップが必要であることも見えていました」
 

<元マッキンゼーダイレクターの門永宗之助氏と>
 
 

伊賀「そこからまだ10年以上、決った手順を踏まなければならなかったわけですね」
 
武藤「そこに少し違和感が芽生えてしまったんだと思います」
 
伊賀「一方マッキンゼーは完全に未知の世界ですよね。飛び込むのは怖くなかったですか?」
 
武藤「むしろ面白そうでした。マッキンゼーの人って、無駄にエネルギーレベルが高いんですよ(笑)。なんだかしらないけど、みんな『俺たちイケてるぜ』って感じで(笑)。 ここに行けば、今までとは全く違うものが体験できると思えました」
 

伊賀「当時、36歳くらいですよね」
 
武藤「キャリアチェンジをするギリギリのタイミングだったし、また、今までお世話になった方に迷惑をかけないですむ最適なタイミングでもありました」
 
伊賀「どういうことですか?」
 
武藤「侍医からいったん医局に戻れば、それなりの役割を受け持つことになり、組織の中での位置づけも決ってしまいます。その後で辞めると言い出せば、後任を探す必要があるなど、先生や周りの方にかかる迷惑が大きすぎるんです。だから、出るなら今のタイミングしかないと思いました」
 
伊賀「それでも先生は反対されたのでは?」
 
武藤「最後には理解して下さいましたが、先生としては、期待もかけてくださっていたし、ずっと私が目指す道に向けて支援してくださっていたわけですから、当然だと思います」
 
伊賀「そうやって転職したマッキンゼーですが、どうでしたか?」
 
武藤「いろんなことを学びました。マッキンゼーってチームで働きますよね。しかも各メンバーはフラットな立場で何でも言い合います。そういう点は今、医師、看護士、薬剤師、介護士、ケアマネージャーなど、様々な人と一緒に働く上で、とても役立っています」
 
伊賀「最初はMBAに行こうと考えていましたよね? MBAではなく、マッキンゼーに転職したことは意味がありますか?」
 
武藤「それは大きく違います。MBAってお金を払っていく学校です。お金を貰って働くと、発生する責任やプレッシャーが全く異なります。

 
フレームワークや問題解決スキルだって、学校で習っただけでは自信をもって『私はそれを使えます!』とは断言できなかったと思います。他の世界も同じでしょうが、勉強するのと現場で実際に働くのとでは、学べるものの大きさが全く違います
 
伊賀「そうですね。私も『学びたいなら、お金を払うな。お金を稼げ』と、よく言ってます。マッキンゼーでの武藤さんは、主にヘルスケア分野で製薬企業のコンサルティングをされていたんですよね?」
 
武藤「はい。でも今から考えれば、学びを最大化するにはヘルスケアではなく、自動車とか消費財とか、全然関係のない分野の仕事をしたほうがよかったのだろうとも感じています」
 
伊賀「たしかに製薬会社のプロジェクトで、東大医学部出身の医師で、つい最近まで侍医でしたというコンサルタントがいたら、クライアントさんでさえやや緊張しそうです(笑)」
 
武藤「専門知識がある分、周りから気を遣ってもらっていたように感じますね」

 

<武藤氏が主催する高齢先進国モデル会議>

 
 
伊賀「ところで現在の武藤さんは、医師としてご自身が訪問診療をされているのと同時に、メンバーの育成や、高齢化社会に向けての提言活動を企画されるなど、ミクロとマクロの活動を上手くバランスされていますよね。
 
医師の方の中には、無医村に出向かれて一人で頑張られていたり、国境無き医師団とか、既存の団体に入って活動される方も多いですが、自身が医師として活動しつつ、大きな仕組みも設計し、作っていこうとされる方は珍しいです」
 
武藤「そこには、私にとっての『マッキンゼー化と脱マッキンゼーのプロセス』があるんです」
 
伊賀「どういうことでしょう?」
 
武藤「マッキンゼーに入って、全体像をもって仕組みをストラクチャーし、個別のプロセスもデザインする。そして実際に行動に移し、その後もフィードバックをかけて改善していく、というプロジェクト設計のプロセスを学びました。それらは現在の活動にも大きく活かされています。

 
でもコンサルタントが資料をまとめて議論をしていても、世の中は何も変らないとも思いました。特に医療に関しては、現場にいる医師が実際に何かを変えていかないと何も動きません」
 
伊賀「日本の医療はこうあるべき、みたいな意見はお題目に終わってしまうというわけですね」
 
武藤「一方、医師ひとりが無医村で頑張るのは、その行為自体は尊いけれど、活動が拡がりません。医療体制が整っていない地域はたくさんあるのに、ひとりでできることには限界があります」
 
伊賀「それで、そのふたつの間にご自身の役割を見つけられた?」
 
武藤「ひとりの医者として、研究者として、だけではなく、ヘルスケアの様々な分野で働く人を結びつけ、大きな変化を生み出していく、そういう役割こそ私がやるべきことじゃないかと考え始めたのです」

 
 

★“社会イノベーター公志園”で学んだ、共感を得るために必要なもの★

 
伊賀「具体的に“脱マッキンゼー”は、どういう過程で起こったのでしょう?」
 
武藤「『社会イノベーター公志園』という大会で、初回の大賞を頂いたのですが、これがとても大きな体験となりました」
 

<NPO法人で講演中の武藤氏>
 
 

伊賀「参加者の人が、自分は社会にこういうイノベーションを起こし、地球やコミュニティに貢献したい、という志を語り、地域大会や全国大会を勝ち抜きながら、志をブラッシュアップしていく、という大会ですよね?」
 
武藤「この大会がユニークなのは、勝ち抜いていく評価基準が“共感を得られるかどうか”という一点だけだということです。
 
最初の頃、私はプレゼンテーションで、まさにマッキンゼー的な資料を作り、話をしていました。でもオーディエンスの反応を見ていると、これじゃあダメだと思えたんです」
 
伊賀「それでは共感が得られない?」
 
武藤「あれだと、『上手くまとまっていますね。じゃあ、頑張ってください』で終わってしまうんです。共感を得るには、そうではなく『自分達もこれに関して何かしたい!』という気持ちを呼び起こさないといけない
 
伊賀「そのために、脱マッキンゼーが必要だった?」
 
武藤「マッキンゼーに入った時、過去の成功体験や定番のやり方を忘れろという意味で、unlearnしろと言われました。同じように、社会の人の共感を得るには、マッキンゼーで学んだことをいったんunlearnする必要があると気がつきました」
 
伊賀「具体的にはどういうことなんでしょう?」
 
武藤「ストラクチャーされた世界から、そうじゃない世界への脱皮です。論旨をまとめるにはストラクチャーが必要だけれど、人の心を動かすにはそれじゃだめなんです。キレイにまとめようとすると、人の心に訴えかけられない
 
伊賀「とても興味深いお話しです。マクロな仕組みをきちんと設計することも大事だけれど、運動の輪を広げるには、人の心を動かさないとならない。それには“きちんとした設計”をいったん忘れる必要があるってことですね。
 
そうやって古いものを捨て、次々と新しいアプローチを取り入れていく、というのがスゴイですね。それが成長ってことでしょうか?」
 
武藤「古いモノを捨てるといっても、過去のモノが役立たないわけではありません。今まで学んだことはすべて使っています。
 
ただ、新しいことを積極的に覚える。そのためには以前の知識ややり方にこだわってちゃいけない。そういう“変われる力”というのが、とても大事だと思うんです」
 
伊賀「確かに“変われる力”は、どんな分野でもとても重要ですね」