医師としてのキャリア形成 自分のゴールを見つけるために


伊賀「私は、キャリア形成の目的は『自分の人生の使命を見つけ、それを仕事にすること』だと思っているのですが、武藤さんはまさにそれを実現されています。
 
難易度の高い手術を成功させるゴッドハンドとして著名な医師になるとか、最先端の研究をするのではなく、終末期医療、しかも在宅医療という一見地味な分野に、武藤さんが自らの使命を見いだされた背景について、お聞きしたいのですが」
 
武藤「小さな頃から漠然と、困っている人の役に立ちたいと考えていましたが、侍医を拝命し、数年間、天皇陛下のおそばで働かせて頂いた経験の影響も非常に大きいと思います」
 
伊賀「陛下と皇后陛下が社会の弱者の方々に向けられる姿勢とかお言葉には、私もいつも感銘を受けています。おそばにいらしたら強烈にそう思われるのでしょうね」
 
武藤「これまで自分は、医師として患者さんと向き合ってきました。私には専門知識やスキルがある専門家として、弱者である患者さんを助けてあげるという立場です。

 
でも、両陛下のお振る舞いはそういうものではありませんでした。“愛情を差し上げる”とか、“弱者に寄り添う”という、もっと謙虚で無私で愛情深いものだったんです」
 
伊賀「そういうお姿を見て、自分もそうありたいと思われたんですね?」
 
武藤「深い感銘を受け、子どもの頃の、純粋に困っている人達を助けたいという気持ちを再認識しました。自分がやりたかったことを思い出させて頂いたのです」

 
 

<診療風景>
 
 

★先端医療・高度医療とは何なのか?★

 
伊賀「先端医療の分野で華々しい貢献をすることには惹かれませんでしたか?」
 
武藤「私自身、先端医療と称される分野に身を置いていたことがありますが、必ずしもそこだけが高度な医療だとは考えていませんでした」
 
伊賀「どういうことでしょう?」
 
武藤「医療に関して、様々な進化があります。ロボットの遠隔操作や内視鏡手術のような技術的なもの、遺伝子の解明など人体に関する理解も進むなど、その進化には驚くべきものがあります。
 
でも、医療において最も進化が求められているのは、医師が患者さんの人生とどう向き合い、最期の時をどう支えていくか、という部分だと考えているんです。
 
この部分はいくら技術や科学が進化しても、人間にしかできない部分です。医師としてどう患者さんの死と向き合うのか、私にとってはこれこそが最も高度な医療分野だと思えるんです」
 
伊賀「なるほど。進化とは技術だけの話ではないということですね。大変勉強になります。
 
それにしても、全く基盤のないところから在宅医療の体制を整えるなんて、すごい大変だったと思うのですが」
 
武藤「もちろん大変でしたが、そういうことが自分にもできると思えたのは、マッキンゼーにいたからだと思います。あそこにいると、周りに起業家精神をもっている人がたくさんいます。それに刺激されたのかもしれません」
 
伊賀「誰もやってないことに手を付けたいという気持ちですね?」
 
武藤「医療分野のイノベーションというと、ハイテク機器を使った治療や遺伝子の解明をベースにするものなど、最先端科学分野のイメージが強いですが、そういうところに注目している人は既にたくさんいます。
 
私は寧ろ手つかずになっているところ、これからまさにイノベーションが必要なところで、社会的なインパクトが出したいと思いました」
 
伊賀「それはまさに起業家精神ですね。
 
しかも終末期医療、在宅医療は、日本がこれから超高齢化社会に向けて進んでいくなかで、すごく大事な分野ですよね」
 
武藤「この分野で成果を挙げれば、世界に新しい医療体制のモデルを示すことも可能になると思っています」
 
伊賀「やっぱり、最終的には世界に評価されるものを目指したいということですか?」
 
武藤「大学6年生の時、アメリカの病院でものすごく情けない経験をしました。日本でトップの医学部の学生だったのに、私は何もできない人だと見られていました。
 
あの後は、将来アメリカで教授になり、リベンジしたいと思っていました。その道からは離れましたが、自分としてはあの悔しさにきちんと落とし前を付けたいとも思っています」
 
伊賀「それくらい大きな体験だったんですね。
 

<ワタミグループ会長 渡邉美樹氏と>
 
 

★産業としての医療ではなく、インフラとしての医療を★

 
あと、もうひとつ興味深いことがあります。武藤さんの御著書やサイトでの発言を見ていて特徴的だと思えたのは、現在の医療政策や医療制度への不満や要望がほとんどないことです。
 
普通、医師であれそれ以外の方であれ、ヘルスケア分野でなんらか新しい試みをされている方は、その多くが、今の医療制度の問題点を指摘し、ここを直すべき、あれはこうすべき、などと提言されています。
 

武藤さんは、医療の大きな枠組みを変えようとされているのに、そうした発言はほとんどされないですよね?」
 
武藤「今、言われて初めて気がつきましたが、確かにそうですね」
 
伊賀「それってなぜですか? 訪問診療だって、保険点数が厚くなれば普及が加速するでしょうし、提言したいことはいろいろあるような気がするんですけど、今の制度に余り不満はないということでしょうか?」
 
武藤「たぶん・・・あまり関係ないと思っているからかもしれません」
 
伊賀「関係ない?」
 
武藤「政策を変えてもらったから、何かができるようになる、政策が変らないからできない、という感覚はないんです。
 
私は自分がやるべきだと考えたことをやるだけです。むしろ、政策は私がやっていることを見て、いいと思えば後から変ってくるものだと考えています」
 
伊賀「なるほど-。それはかっこいいですね。政策は、志と起業家精神に溢れた個人の後をついてくるものだということですね。
 
あと、もうひとつ質問があります。『病院がトヨタを超える日』という著書もある北原茂美さんという医師の方が、八王子をベースに活動されており、今のすばらしい日本の医療制度を世界に輸出できる産業として育てていくべき、と主張されています。こういった考え方と武藤さんの考え方は、同じ方向のものですか?」
 
武藤「ITを活用したり、今までになかった新しいツールや方法論をどんどん試していくべきだという点では、同じです。
 
でも、目指している方向性は同じというわけではないですね。ああいった病院は設備も整っていて、高度医療が受けられ、本当にすばらしいです。いわば“理想の病院”です。でも、全員がそれを使えるわけではありません。
 
一言で言えば、私の考えは“経済産業省的”ではないんです。“産業としての医療”ではなく、“インフラとしての医療” を整備することが大事だと思っています」
 

<石巻クリニック開設1周年>
 
 
伊賀「たしかに北原先生のプロジェクトには、経済産業省の支援もありますね。産業としての医療ではなく、インフラとしての医療という考え方には納得です。誰でも当たり前に使えるものとしての医療ということですね?」
 
武藤「水道でも電気でもそうですし、医療にしても教育にしても同じなのですが、インフラが整っている国に住めるというのは、とても幸せなことなんです」
 
伊賀「“お金を出せば手に入る”、ではなく、誰でも利用でき、便益を享受できるのがインフラですものね」
 
武藤「もちろん、ITの活用やチーム医療、地域医療の新しいあり方など、今後は今までに無い新しい医療システムがでてくるだろうし、そうなるべきだと思っています。だからコンセプトとしては先端的なものを目指しています。
 
でも、だからといって産業として大きくすることが目標ではありません。誰でも、そういった先進的な医療体制を低価格で利用できる、そういうインフラを作っていきたいと思っています」