研究者からバイオベンチャーの社長へ


伊賀「最後に、ふたつお聞きしたいと思います。日本社会でベンチャー企業、スタートアップ企業を経営することについてと、研究者のキャリアについてです。
 

ひとつめですが、日本社会のスタートアップ企業にたいする態度はどうでしょう?」
 

横山「以前は大企業にアポを取ることすら難しくて、説明に行ってもキーマンには全く会えませんでしたね。

 
ベンチャーの社長と言っても、大企業から見たら、いかがわしいとしか映らなかったのでしょう。最近はうちも知名度が上がってきたので、今は状況も少しづつ変ってきましたが」
 


<リプロセル製品>
 
 
伊賀「小さい企業を相手にしない大企業というのは、日本特有の話なのでしょうか?」
 

横山「その傾向が強いように思います。海外の企業なら、技術や事業内容さえしっかりしていれば、こちらが名もないスタートアップ企業でも、向こうからも権限のある人が出てきます。
 

日本企業は業務内容や技術の前に、肩書きとか会社の知名度をすごく重視しますよね。一時期は、『ここは起業が失敗するように設計された国』なんじゃないかと思ったこともあるほどです」
 

伊賀「それはリプロセルで社長をやって、初めて感じたことですか?」
 

横山「自分の世界が狭かったのでしょうが、私は今まで、こんなに“下”に見られたことはなかったんです。
 

東大では有望な若手研究者で、複数の大学から声がかかっていました。マッキンゼーのコンサルタントとして顧客企業を訪問すれば、それなりの尊敬をもって受け入れてもらえます。
 

3Mでも客先からは大事に扱っていただいたと思います。世界的に有名な技術系の会社だったからでしょう。アポを入れて、会ってももらえないなんてなかったですよね」
 

伊賀「リプロセルに移って、“名刺の力”を理解した、ってことですね」
 

横山「そうです。日本社会における看板の無さというのは、こんなに厳しいことなんだと痛感しました」
 


<リプロセルについて報じるビジネス誌>
 
 

伊賀「今はそんなことはないですか? 日本バイオベンチャー大賞 バイオインダストリー協会会長賞などをもらったのが大きいですか?」
 

横山「それもありますが、実際の商品を販売しているのが大きいように思います。今は、iPS細胞で実際に使える商品を売っている会社は、日本ではリプロセルしかありません。この世界で長らくやってきた実績が、少しづつ評価され始めたのだと思います」
 
 

★高校生の頃の自分へのアドバイス★

 
伊賀「それはすばらしいですね。
 

ところで高校生や大学生の時の自分、そして同じような立場にいる人に向けて、何かアドバイスするとしたら、どんなことを言われますか? 最後にそれをお聞きしたいです」
 

横山「まず、『流されて研究者になるのは、やめた方がいい』と言いたいですね。
 

何も考えず、先生に勧められたというだけで博士課程に残り、学位取得後に仕事がなくても、そのままポスドクに進む人がたくさんいます。あれは本当にやめたほうがいいです」
 


<出張でエジンバラを訪問>

 

伊賀「なぜですか?」
 

横山「語弊を恐れずに言うと、大学での生活が長くなると、企業文化になじめなくなるからです。ごく基本的な会社の仕組みや言語さえ知らないまま、30才、35才になってしまう恐れもあります」
 

伊賀「でも研究者向きの人もいて、そういう人は研究生活を続ければいいんですよね?」
 

横山「学位をとった後に大学に残れる人は、それでもいいと思います。寝ても覚めても研究のことを考えているような人はいて、そういう人は、その分野で世界をめざすのもひとつの道です。
 

でも、例外はあるかもしれませんが、ポスドクに進むことにはほとんど意味がないと思います。ポスドクって、アカデミックポストへの順番待ちのようなポジションです。
 
でも、学位取得後にすぐにポジションが得られなければ、その後、何年待っても結果は厳しいというのが現実だと思います。

 
アカデミックポストの人は、博士取得後すぐにしかるべきポジションに就いていることが多いと思います。ポスドクをやるぐらいなら早めに会社に入って、会社の中でキャリア形成をしたほうがいいでしょう」
 

伊賀「リプロセルにもポスドクの方が応募されてくるのだと思いますが、そういう方を見ていて、そう思われるということでしょうか?」
 

横山「極論を言ってしまえば、ポスドクの9割は企業人としてそのままでは通用しません。会社に入ったら、会社で成果を出すスキルやノウハウを1から勉強しないといけません。
 
ただ、本人次第ではありますが、それはそれで十分可能だと思います。私自身、博士課程に行った後に会社に入って、初めは文化の違いに面くらいましたが、その内、順応できましたので。

 
ただ、年齢を考えると早ければ早い方がいいですね。仮にポスドクを2回やって、35才でアカデミックポジションが得られないといって会社に入って、すぐに順応できるかどうか。
 

一旦、“クセ”がついてしまうと抜けにくいので。一人の人の人生を突っ込んでそんな結果になるなんてヒドすぎるというか、もったなさすぎです」
 

伊賀「研究生活の中で、そういうことに本人達が気づかないのはなぜでしょう?」
 

横山「研究をやっているとそれなりに忙しいんです。多忙だし、研究室の外の世界ともあまり接触がありません。しかも、自分の論文が世界的な学術雑誌に出たりするので、自己満足や自己陶酔が得られやすい環境なんです。だから本人が問題意識をもつのが遅くなります」
 

伊賀「現在の修士や博士の学生の方にアドアイスされるとしたら、具体的には何をおっしゃいますか?」
 

横山「研究者以外にも、広いキャリアの選択肢があることを知ってほしいです。銀行でもいいし商社でもいい、もちろんメーカーでもいいです。小さな会社で働くこともあっていい。
 

有名な研究室にいると、研究者以外の道を選ぶことに ものすごい“異端感”があるんです。でもそれに負けないで欲しい。自分がどんな人生を送りたいのか、きちんと考えて欲しいですね」
 

伊賀「理系だからと、必ずしも研究職、技術職を目指す必要はないということですね?」
 

横山「技術職を目指すべきか、それ以外の道にはどんなものがあるのか、よく考えて欲しいということです。
 

私は今、技術職、研究者ではなく、バイオベンチャーの経営者をやっていますが、今まで学んできたことは十分に活かされていると思います。
 
仮に、銀行や商社など分野の違う世界に行っても、勉強してきたことは無駄にはなりません。過去の小さい遺産にこだわって生きるより、分野を問わず未来を切り拓いていって欲しいですね。

 
また、日本は技術や技術者を盲信しすぎているところがあると思います。技術さえあれば、何でもできるのだと。確かに、技術は重要ですが、それだけでは何もできません。資本主義の社会では、いろんな意味で“営業”も非常に大事です。
 

技術だって、買ってもらえないと世の中にインパクトが出せない。どうやって技術を売るのか、自分という人間をどう売っていくのか、そういう概念を、技術者、研究者含め、全員が持つべきだと思います」
 

伊賀「横山さんのようなご経歴の方から『日本は技術を盲信している』などと聞くと、とても新鮮です。
 

最後にもうひとつ教えてください。もし今、大学4年生だったら、歩んでこられたのとは違う道を選びますか?」
 


<インタビュー当日の横山氏>
 
 
横山「どうでしょう。もしかしたら学部で卒業したかもしれませんね。
 

そして海外に長く滞在しようと思ったかもしれません。海外には大学院生の頃、数ヶ月アメリカの大学の研究室に留学したのと、あとは旅行や出張ベースでは行っていますが、年単位で滞在したことがないんです。今、過去に戻ったら、それは若い頃にやっておこうと考えたでしょうね」
 

伊賀「ありがとうございました。すごく有益なお話が聞けて感激です。
 

研究者になるべきか、技術者になるべきか、多くの理系の学生さんが直面しているキャリアの選択に、とても示唆に富む経験談を共有していただいたと思います。ありがとうございました!」