子どもの頃の激しい“情報への飢餓感”が、メディアで働く原動力に!


伊賀「今日はお忙しいところ、お時間をありがとうございます。
 
田端さんは、無料通話・メールアプリのLINEやポータルサイト、ライブドアを運営しているNHNジャパンの執行役員をされています。
 
大学卒業後、これまでに様々なお仕事を体験されていますので、そのキャリア形成の経緯についてお伺いしたいと思います」
 

<聞き手 伊賀泰代>
 
 

田端「よろしくおねがいします」
 

<インタビュー当日の田端信太郎氏>
 
 

★情報への飢餓感が強かった少年時代★

伊賀「田端さん、石川県小松市のご出身なんですね。高校までいらしたということですが、当時はどんな少年だったんでしょう?」
 
田端「情報に対して、ものすごく飢餓感が強かったのを覚えています」
 
伊賀「情報に飢餓感?」
 
田端「私の住んでいた小松市は人口10万人くらいで、何もないとは言わないけれど、私の好奇心を十分に満たしてくれるとは言い難い状況でした。
 
中学になって新しい開局があるまでは、民放も2チャンネルしかないし、本屋も小さい。一番ショックだったのは、大好きだった深夜ラジオのオールナイトニッポンが半分しかオンエアされないことでした」
 
伊賀「半分しかオンエアされないんですか?」
 
田端「オールナイトニッポンには、夜中の1時から3時までの第一部と3時から5時までの第二部があったんですが、小松市だと、地元のラジオ曲は前半の第一部しかオンエアしないんです」
 
伊賀「地方では民放のテレビチャンネル数が少ないのは知っていましたが、ラジオ番組までそうなんですね」
 

<4歳の頃の田端氏>
 
 

田端「雑誌か何かでオールナイトニッポンに第二部があると知ってから、どうしてもそれが聞きたくて、父の高感度な短波ラジオを借りて、聞いたりしていたんです」
 
伊賀「それが“情報への飢餓感”と表現されたものなんですね。東京の人は知っているのに、自分には見えない隠された世界がある。それはなんだ? きっとすごくイイものに違いない! という感じでしょうか」
 
田端「しかも、テレビと違ってラジオは大人の世界の臭いがしました。テレビにでてくる有名なタレントでも、ラジオでは自然体でしゃべっていて、よそ行きの顔でなく、すごく身近な人に思えるんです」
 
伊賀「それって、今のテレビとネットの違いにも近いかもしれません。
 
テレビはきれいに設計され作りあげられた世界を見せるけど、ラジオやネットはその裏にあるリアルな人間くささが伝わるメディアです。田端さんは当時から、メディアの性格の違いに気がついていらしたんですね」
 
田端「同級生の中にはテレビだけ見て、タレントにあれこれ言ってる人がいて、そういうのを見て『あほだなー、ホントのことがわかってないなー』と優越感を感じてました(笑)」
 
伊賀「本も好きだったんですよね?」
 
田端「小松市には小さな本屋しかなくて、30分以上電車に乗って金沢市の大型書店まで、行ってました。しかし頻繁に金沢に電車で行くと、お小遣が切符代だけで大半なくなってしまうので、片道3時間かけて自転車で行くこともありました」
 
伊賀「往復6時間かけて本屋に? それはすごいです」
 
田端「親もびっくりして、事故ったらかなわんから!と、それ以降、電車代だけは別に出してくれるようになりました(笑)」
 

<田端氏が執行役員を務めるNHN Japan>
 
 

★覚えていない〝将来の夢”★

伊賀「テレビは見なかったんですか?」
 
田端「メディアはなんでも好きでした。テレビも新聞も雑誌も書籍もラジオもと、全方向好きでしたね」
 
伊賀「学校では活発な少年だったんでしょうか。ボートやカヌーをする端艇部に所属していたと資料に書いてありましたが」
 
田端「部活は一応やっていましたが、いわゆる体育会的な上下関係は当時からあまり好きではなかったです」
 
伊賀「今はウェブサービス企業の執行役員ですが、パソコンは?」
 
田端「興味はあったほうです。『ログイン』というアスキーの雑誌を読んでパソコンも触っていました。パソコンオタクというほどではなかったですけど」
 
伊賀「当時の職業観はどんな感じだったんでしょう? 小学校や中学校って、作文に将来の夢を書かされますよね。何と書いてましたか?」
 
田端「・・・覚えてないですね」
 
伊賀「覚えてないんですか?」
 
田端「覚えてないということは、適当なことを書いていたんでしょう。当時は、大きくなったら何かになりたいという強い思いはありませんでした」
 
伊賀「メディア好きだったけど、テレビ局で働きたいとか、本の編集者になりたいと思ったわけではないんですね」
 
田端「地方だし、周りにそんな職業の人はいないですから、そういうことが仕事になるとは現実的にイメージを持てていなかったんだろうと思います」
 
伊賀「お父様は会社員ですか? 将来何になれとか、言われましたか?」
 
田端「普通のサラリーマン家庭です。職業について何か言われた記憶はないけど、普通に地元の金沢大学に行って、その後は県庁とか、地銀に勤めてくれればいいという感じだったんじゃないかな」
 
伊賀「でも情報への飢餓感がそこまであれば、東京へ行きたくなりますよね。大学は慶應義塾大学の経済学部ですけど、ビジネスや経済に関心があったんでしょうか?」
 
田端「そういえば、小学校後半から日経新聞を読んでましたね。うちは毎日新聞をとってたんですけど、親に日経新聞をとってくれと頼んで」
 
伊賀「まじですか。小学生なのに毎日新聞では好奇心が満たされなかったんでしょうか?」
 

<田端信太郎氏>
 
 

田端「実は小松市あたりだと、毎日新聞という全国紙を購読してるだけでも珍しいことなんです。大半の家では地元紙である北國新聞を読んでますから」
 
伊賀「そんな中で日経新聞を読みたいというのは、オールナイトニッポンを二部まで聞きたかったという話と似てますね。ほんとに情報への飢餓感が強かったんですね」
 
田端「それと、今でも覚えてるんですが、銀座のコーヒーの値段が高いのはなぜかという日経新聞に掲載された「やさしい経済学」っていうコラム記事が印象に残っています」
 
伊賀「どういう話ですか?」
   
田端「よく言われるのは、銀座は土地が高いからコストが高くなって、コーヒーの値段が高くなるんだという話です。
 
でもほんとはそうじゃない。銀座でコーヒーが千円以上もするのは、そこが“コーヒーに千円以上を払ってでも飲もうというような人がたくさん来る場所だからだ”という話です」
 
伊賀「価格はコスト側から決っているわけではなく、市場のデマンドによって決るんだという話ですね」
 
田端「その話がすごく納得感がありました。だから経済というか、ビジネスについては当時から関心が強かったんだと思います」
 
伊賀「なるほど。では次回は、大学に入ってからのお話しを伺っていきたいと思います」