子どもの頃の激しい“情報への飢餓感”が、メディアで働く原動力に!


伊賀「ライブドア事件が起こった時のことは、田端さんの御著書『メディアメーカー』にも詳しく書いてありました。
 
自社の社長である堀江さんが逮捕されたことを、ライブドアニュースは淡々と伝え続けました。あのニュースの責任者が田端さんだったんですね」
 
田端「堀江さんが逮捕され、メディアが押し寄せてきて株価が暴落しました。でもご存じのように、企業は株価が下がったことそれ自体をもって潰れるわけじゃありません」
 
伊賀「でも情報は企業を潰すことがありえるって、書いてらっしゃいましたよね。メディアが倒産の危機を言いたてると、それにより取引先が納品してくれなくなる。そうすると、たとえキャッシュがあっても事業が続けられなくなるって」
 

<初の著書 MEDIA MAKERS>
 
 

★焼野原だからこそ舵が握れた★

田端「そうです。たとえばネット企業がサーバーを自社で持っていなくて、サーバー会社が『あなたの会社は倒産の危険があるからサーバー契約を継続できません』と言ってきたら事業が続けられなくなるんです。
 
実際のところライブドアは自社サーバーをもち、上場で調達した資本などキャッシュも潤沢で、必ずしも資金がショートして、潰れる状況ではありませんでした。それでもテレビや新聞の報道は、いつ倒産するのか、といったトーンのものばかりでした」
 
伊賀「ものすごく攻撃的な報道が多く、異様な雰囲気だったのを記憶しています。
 
あの時は、メディアが大好きだった田端さんが、初めてメディアのターゲット側に立たれていたんですね。
 
事件のあと、ライブドアを辞めようとは思わなかったんですか?」
 
田端「あの時、堀江社長が逮捕され、その他の幹部もどんどん辞めていって、一気に上の人がいなくなったんです。
 
それで、しばらくして気がついたら、自分レベルのところにもかなり経営上の権限が降りてきた状況でした。
 
沈む船の客室で、座して死を待つのはバカげてますが、船の操舵室にいて舵を触れるなら、なんとかしてみたいと思うじゃないですか。
 
しかも、あれだけ倒産寸前だと言われてる状況ですから、失敗しても失うモノは何もありません。焼け野原からの再生で、裁量をかなり持てる場面に立ち会えたんです」
 
伊賀「なるほど、それならおもしろいかもしれません。その中で、一番大変だった仕事はなんですか?」
 

<オフィスにて>
 
 
田端「人のリストラですね。私がヘッドだったライブドアニュースの部門では、報道体制を強化するために、大手のメディア企業から報道記者などを何人も採用してたんです。
 
でも事件後は、そういう報道を続けられる状況ではなくなり、退職してもらわざるを得なくなりました」
 
伊賀「レイオフをする側を経験されたわけですね。今も業績が苦しい大企業が事実上の指名解雇をしているとして問題になっていますが、辞めさせられるほうだけでなく、辞めさせる方も大変ですよね」
 
田端「自分が名誉の戦死をするより、他の人をギロチンにかけるほうがつらい仕事だと思います」
 
伊賀「そうやってライブドアの再生を軌道に乗せてから、コンデナストに転職されたんですね。こちらのきっかけは?」
 
田端「ヘッドハンティング会社から声を掛けられました。ライブドアが好きだったので、最初は転職する気はなかったんですが、話を聞いていたら、ああこれはコンデナストだなとわかりました。
 
私はVOGUEやGQ、WIREDといったあそこの雑誌が大好きだったので、それならやってみようと決めました」
 
伊賀「伝統ある名門出版社で、いよいよデジタル化に本気で取り組まざるを得ないということで、白羽の矢がたったんですね。田端さんにとっては、これが初めての外資系企業でしょうか」
 
田端「そうですね。定期的にロンドンで社内コンファレンスがあって、英語でプレゼンしたり、議論したりするわけです。私はデジタルビジネスの責任者だったので、香港、そしてロンドンに上司がいるんですが、どちらもイギリス人でした」
 
伊賀「欧米では日本より紙の雑誌の状況が厳しいようですが」
 
田端「でもその辺の危機感は、コンデナストの経営者より私の方が強かったかもしれませんね。
 
私は最初から、『いつまでにデジタルビジネスを軌道に乗せないとヤバイんですか? 残された時間はどれくらいですか?』って感じだったけど、会社側はそこまで尻に火がついて切羽詰まっている感じではありませんでした。
 
予想していたことではありますが、やはり保守的だな、と感じる部分もありました。
 
特に高級ファッション誌では、一枚の写真を撮るのに、数百万円のギャラを払って一流カメラマンと一流モデルを雇い、多額の予算をかけて南の島までロケにいったりします。
 
そうやって撮った写真を、著作権もきちんと尊重してくれないソーシャルメディア上で共有されまくることに、会社として合意ができない。
 
失うものが多いポジションなので、思い切ったことをするのが難しいんです」
 

<世界ユーザーが一億人を超えたLINEもNHN Japanが開発・運営>
 
 

伊賀「気持ちはよくわかります。紙媒体をずっとやってきた企業にとって、ネットの世界は時に暴力的とも思えるんでしょうね」
 
田端「そういう制約によって“できないこと”や、自分がオーナーシップを発揮できない部分が見えてきて、くわえて冬のロンドンも暗いしですしね(笑) いろいろ考えていたところに、元ライブドアである今の会社の上司が、戻ってこないかと誘ってくれたんです」
 
伊賀「それで、NHN Japan(NHNがライブドアに出資し、社名変更)に戻ってこられたんですね」
 
 

★みんながアッと驚く仕事がしたい★

伊賀「最近はLINEの躍進ぶりが伝えられることも多いです。日本発で世界に通用するサービスを多くの人が待望していました。その期待を一身に背負っている気がします。
 
広告ビジネスの責任者である田端さんとして、チャレンジしたいことはなんですか?」
 
田端「みんなをあっと言わせたいです」
 
伊賀「どういうことですか?」
 
田端「R25を始める前、ナショナルブランドと呼ばれる一流企業は、テレビにCMを出したり有名雑誌に広告を出したりはしても、フリーペーパーに広告を出すことはありませんでした。
 
紙質もよくないし、ステータスも低い。便所のちり紙みたいなものに一流企業が広告はださないと言われてました。でもR25でその世界が変ったんです。
 
同じように、今でもスマホのアプリやゲーム、SNSに出す広告は、まだ一流企業にとってメジャーな広告だとは認識されていません」
 
伊賀「そういう世界観を変えていきたいんだ」
 

<田端信太郎氏>
 
 

田端「常に攻める仕事をしていたいんです。ワクワクできないと、働く気になれません」
 
伊賀「田端さんのお話しを聞いていると、『しょうもない仕事を続けるのは人生の時間の無駄遣い』という感じが伝わってきます。
 
NTTデータの時は、消費者目線で見てイケてないと思えるプロジェクトを推進することを“しょうもない”と感じられ、リクルートでは、既に大成功したR25を粛々と回していく仕事にワクワクしなくなった。コンデナストでは、リスクをとってデジタル化に完全に舵を切らない経営者の姿勢や組織の硬さが気になった。
 
新しいことにゼロからチャレンジできる、ワクワクできる仕事を常に求めていて、そのために、積極的に転職しているんですね」
 
田端「たしかにそうなんですが、ただ私は、今までの転職ではいつもちょっとずつ動きが遅かったんです。これまでの転職は必ずしもベストタイミングではないんですよね」
 
伊賀「どういうことですか?」
 
田端「リクルートのコーポレートベンチャーキャピタル部門は、私が転職してから、たった一年でITバブルがはじけて解散になりました。私の転職タイミングは明らかに遅かったんです」
 
伊賀「それはライブドアへの転職でも同じだったということですね?」
   
田端「ライブドアへの転職時も、自分では上り調子のスゴイ会社に転職したと思っていました。でも後からみれば、私が転職したのはジェットコースターが一番上のところにたどり着く直前で8合目くらいだったんです。入社したら直後に直滑降が始まった(笑)」
 
伊賀「でも今回はLINEに間に合ってますよね(笑)!」
 
田端「4回目の転職でようやく、タイミングがあってきたのかもしれません(笑)」