“お笑い”の世界で自分の壁を破りたい


伊賀「石井さんは一時期、外交官に憧れていたそうですが、そういう人って、大学入学早々から勉強を始めますよね? 石井さんもそうでしたか?」
 

石井「実は直ぐやめてしまったんです。資格の試験勉強をする人が通う外部の専門学校があるので、そこで模擬授業を受けてみたんですけど、あまりにまじめな雰囲気で、私には合わないような気がして・・」
 

伊賀「公務員関係の勉強をしてる人って、ホントにまじめですよね(笑) じゃあ、国際関係の勉強は?」
 

石井「東大に国際関係論を勉強する文系の学科があって、3年生以降の進学先を選ぶにあたって説明会があるんですが、行ってみたらすごくアカデミックな雰囲気だったんです。大量の専門書を読みこんで勉強して・・・なんとなくですが、私がやりたいこととちょっと違うなと思いました」
 


<恩師である大学院の研究室の教授と>
 
 
伊賀「中高生の時の様子から考えると、たしかに机にへばりついて勉強しているというタイプではないですよね。 そういえば3年生から理系に転換していますよね。これも、そのあたりと関係があるんですか?」
 

石井「3年生から工学部の社会基盤学科という、土木工学を専門とする学科に進学しました。その学科が土木の海外需要に活路を見出して、『国際プロジェクトコース』という新しいコースを増設するというタイミングで、一期生を募集してたんです。
 

それで話を聞いてみると、海外でのフィールド調査とかが中心で、『国際的に活躍できる人材を作る!』とぶち上げていて、それを聞いたらすぐに『私のやりたいことはコレだ!』と思いました」
 

伊賀「そのコースにいくために理転したんですね。理転する人って多くないですよね?」
 

石井「すごく少ないです。『ついていけないよ』って友達から心配されたので、自分でも必死で勉強しました」
 
 

★海外でのインターンに明け暮れた大学時代★

 

伊賀「国際プロジェクトコースでは、どんなことをするんですか?」
 

石井「ODAも含め途上国のインフラ整備関連の研究ですね。たとえば、3年生の時にはタイに一ヶ月半ほど滞在し、バンコクのタマサート大学の学生寮に寝泊まりして、タイの学生と一緒にバンコクのインフラのメンテ状況を調査しました。
 

4年生の時には、デンマークのコペンハーゲンから2時間くらいの地方都市で2ヶ月、こちらはモンテネグロ人と二人で、道路の管理について調べるインターンに参加しています」
 

伊賀「すごい! 毎年、月単位で海外に滞在してインターンを経験してるんですね。そういうのって、研究室で斡旋されるんですか?」
 

石井「タイでの調査はそうでした。でもデンマークの方のは、たまたま大学の廊下の掲示板にあったポスターをみて、『おもしろそうだな』と思って自分で連絡して決まったものです」
 


<タイでのインターン中に>
 
 

伊賀「そういう行動も含め、とても積極的ですよね。どんどん自分のやりたいことを実現してしまうエネルギーを感じます。
 

大学の掲示板のポスターなんて見ても、『ふーん』くらいでやり過ごしてしまうこともよくありますよね。そこで本当に連絡してみるかどうかで、できることが大きく変ってしまう」
 

石井「その通りです。『自分の人生って、自分で切り拓いていけるんだ』ということは、よく感じます。
 

私、先の見えてしまう人生は好きじゃないんです。いつもワクワクできることをやっていたい。外交官や国際関係の研究者の道を選ばなかったのは、ちょっと覗いてみた時に全然ワクワクしなかったからです。
 

反対に、自分がワクワクできるものには自分で近づいていけばいい。流されるんじゃなくて、自分の意思でそういうものを手に入れられる。そういう経験をしてきたと思います」
 

伊賀「まさにこのインタビューの趣旨通りの体験をされてますね。ありがたいです(笑)
 

理系だからそのまま大学院に進むのは既定路線でしょうか?」
 

石井「あまり考えずに進学しました。学科の雰囲気や、そこでの勉強に出逢った人も好きだったので、わざわざ出ることは考えなかったですね。当時は、成績優秀者は院試も免除だったので、シームレスに進学できてしまうんです」
 

伊賀「理系についていけるかどうかと心配してたのに、成績優秀者だったんだ!? ホントにすごいですね。大学院でも海外でフィールド調査を?」
 

石井「フィリピンのアジア開発銀行のインターンで、ディーゼル車の使用と大気汚染の原因などについて調べていました。でも、この時はメンターと上手くコミュニケーションできなかったりと、結構大変でした。ひとりでプレゼンまで作り上げないといけないプレッシャーが大きくて」
 

伊賀「フィリピンに行くと、街の子供達の貧しさに心を痛めたり、反対に彼らを支援するためのボランティアに関心を示す人もいますが、そういうのはなかったですか?」
 

石井「可哀想という感じはあまりなかったです。もちろん一概には言えませんが、全体的には、日本人よりのびのび楽しそうに生きている人が多い印象でした」
 

伊賀「フィリピンの人って明るくて享楽的な人が多いですよね」
 

石井「私もあっちで生れていたら楽しくすごせた気もします。無邪気で陽気な人達が大好きです。」
 


<アジア開発銀行@フィリピンでの最終発表>
 
 
伊賀「日本より海外に住みたいですか?」
 

石井「海外に住みたいという気はありますね。カナダとか、のんびりしたところが好きです」
 
 

★マッキンゼーの内定を断るなんてありえない!という周囲の反応★

 

伊賀「話を聞けば聞くほどお笑い芸人から離れてしまうので、インタビュアーとしてはちょっと焦ってしまいます(笑) 就職活動の時期には何を考えていましたか?」
 

石井「3つの基準で考えていました。ひとつが世の中に貢献できること、自分が成長できること、国際的な活動ができる仕事がしたいという3つです」
 

伊賀「コンサルティングファームを受けるためのお手本のような回答ですね(笑) 具体的にはどんな業界を受けていたんですか?」
 

石井「総合商社とか、海運、あとはコンサルティングです。商社は同じ学科の人がたくさん目指している業界でしたから、自然な選択でした。
 

海運は、今考えれば感覚的なものですが、デンマークでインターンをしていたときに巨大コンテナ埠頭の見学に行ったのですが、そこのスケールの大きさに感動して、国際物流に関わりたいと思いました」
 


<デンマークでのインターン中にオーフス港で>
 
 

伊賀「コンサルティングについては?」
 

石井「問題を見つけて、仮説をたてて、それを証明するためにアポを取って情報を集めに行って分析する・・・そういうプロセスがフィールド調査と同じで、自分に向いていると思ったんです。ずっと机に座っているとか、事務所に長くいる仕事は向いていないと思っていたので」
 

伊賀「確かにコンサルティングも現場仕事ですよね。 
 

その3つの業界だと、コンサルティングファームの採用時期が一番早いですよね? マッキンゼーから内定が出た後はどうしたんですか? 就職活動を続けましたか?」
 

石井「いえ、早々にやめてしまいました」
 

伊賀「就職活動を始めてすぐに、内定がでたマッキンゼーに入ろうと思ったんですね? なぜでしょう?」
 

石井「最難関と言われるマッキンゼーから内定を貰ったという嬉しさもありましたが、あとは周りの人の評価が予想以上だったということがあります。
 
マッキンゼーから内定が貰えたというと、まわりから『絶対行くべし!』、『誰でも行けるところじゃないんだから、断わるなんてありえない』って・・・」
 


<修士論文を製本中>
 
 

伊賀「あの頃のマッキンゼーって、すごく評判が高かったんですよね」
 

石井「友人だけでなく、研究室の先生から海外の友人までみんなが『マッキンゼーから内定が出た? それはスゴイ。とにかく行け!』って感じでした」
 

伊賀「その雰囲気に流されたのかな? 自分ではどうだったんですか?」
 

石井「当時は研究でも、自分の実力以上の評価をもらっていたように思います。先生にもかわいがってもらっていました。知らず知らずのうちに自己評価が高くなって、自分はスゴイのかも、と思い込んでいたところがあります」
 

伊賀「マッキンゼーから内定がでるのも当たり前だわ、くらいの勢いですか?」
 

石井「そこまでではないですが、工学部に転部した時も、最初はみんなに心配されたけどなんとかなりましたから、マッキンゼーでも頑張ればなんとかなるだろうと思っていたんです」