“お笑い”の世界で自分の壁を破りたい


伊賀「憧れのマッキンゼーですが、入社してみて、どうだったんでしょう?」
 

石井「私が入社したのは2008年4月なんですけど、その秋にリーマンショックが起こったんです」
 

伊賀「あの嵐の時期に社会にでた学年だったんですね!」
 

石井「4月に入社して、研修が終わって、さあこれからという時に世界経済が雪崩を起こし始めていました。当然マッキンゼーにも大きな影響があって、私たち新卒1年目の新人には特に厳しいタイミングだったと思います」
 


<コンサルタント時代>
 
 

伊賀「なかなかプロジェクトに入れない、ということが起こったわけですね?」
 

石井「はい。それで社内での研究プロジェクトに入っていたんですが、やることが全く無いのになぜかプロジェクトを抜けさせてもらえない時期が続きました。正直、そのプロジェクトにどういう意味があるのかもわからなかったし、メンバーが私一人だけの期間も長く、自分が成長できるとも全く思えませんでした」
 

伊賀「周りの人に相談しましたか?」
 

石井「クライアントプロジェクトに入りたいということはずっと言っていました。でも何ヶ月かごとの区切りの時期がきても、全然、状況がかわらないまま年末を過ぎ、そのうち年が明けて1月になっても入れず・・」
 

伊賀「辛かった?」
 

石井「同期の中には、クライアントプロジェクトで活躍している人もいたので、すごく焦りました。4月になったら新しい人も入ってくるのに、自分はずっとこんなことをやってるんだと思うと悔しいし悲しいし・・
 

それなのにある日、やることの無いプロジェクトに私をずっと引きとめていた上司が私と鉢合わせしたときに『元気でやってる?』って何事も無かったように言ってきて、それでキレてしまいました。要するにその上司にとっては、一人の一年目の新人が悩んでいることなど、どうでもいいことだったんです。
 

こんなにクライアントプロジェクトをやりたいって、ずっと言ってきたつもりなのに、表面的に理解を示したフリをして、実際には何も気にかけていなかったんだと思うとショックで人間不信になりました・・。外資系企業の冷たさを垣間見たときでもありました」
 

伊賀「それはショックですね」
 

石井「あの頃は毎朝、会社に行くのがつらくて、車が轢いてくれたらどんなに楽だろうと思うこともありました」
 

伊賀「それはちょっと危ない状況ですね。 逃げだそうとは思わなかったんですか?」
 

石井「変にまじめで、逃げちゃ行けない、逃げたら負けだ、頑張らなくちゃいけない、という気がしていました。あともうひとつ、これは私だけじゃなかったと思いますが、『せっかくこんなにいい会社に入れたのに、すぐに辞めたら履歴書に傷が付く』という気持ちもあったと思います」
 

伊賀「1年で辞めたら、世間から根性がないとか、落ちこぼれたと思われるってことですね?」
 

石井「そうです。だからなんとしても2年か3年働いて、それから辞めようと」
 

伊賀「内定した時に、みんながスゴイと言ってくれた会社だからこそ、辞められなかったということですね。気持ちはよくわかるけど、残酷な状況でもありますね。でも、石井さんは1年ちょっとで辞めることを決断したんですね?」
 
 

★死ぬくらいならやりたいことを!★

 

石井「春にドイツからマネージャーが来て一緒にプロジェクトをやったんですが、その人ともまた合わなくて、ああもうダメだと・・・」
 

伊賀「辞める決心がついた?」
 

石井「自分の人生なのに、毎日仕事のせいで死んだ方がマシだと思ってるなんてあほらしすぎると思いました。それで、『そういえば、私は芸人になりたかったんだ!』って突発的に思い出して・・」
 

伊賀「そこから芸人に!」
 

石井「『死ぬくらいだったら、最後にやりたいことにチャレンジしないと!』と思ったんです。
 
未知の世界に飛び込む怖さは相当なものでしたが、何が起きても死ぬよりはマシだろうと思えたし、そもそも私にとって一番大切な家族や友達さえいれば、あとは何も失うものは無いという心境に至りました」
 

伊賀「すごく追い詰められたからこそ、自分にとって何が大事か、よくわかったということなんですね。

 
ところでマッキンゼーの仕事は、リーマンショックのタイミング以外に入社していたら、もっと長くやっていたと思いますか?」
 

石井「数年はやっていたと思います。でも『あそこでマネージャーになるまで働いていたか?』と問われれば、そうは思いません。本質的には合っていなかったと思います。
 

だけど、『一度入った会社なんだから、簡単に辞めるのはよくない』という呪縛があって、我慢しようと思っていました。その我慢がある時一気に閾値を超えて、『やっぱりやりたいことをやるべきだ!』ってなったんです」
 

伊賀「お聞きしているだけで、当時の壮絶な気持ちが伝わってきます。本当につらかったんですね。
 

世の中には今も同じように『つらいけど、我慢すべきかどうか、悩んでいる人』がたくさんいると思います。そういう人にどうアドバイスしますか?」
 

石井「自分の目指しているゴールにつながる苦労なら、我慢すべきだと思います。でも、そうじゃないなら我慢してもしかたない。一流企業だからとか、履歴書が汚れるとか、そういうことは気にせず、すぐに辞めるべきだと思います」
 

伊賀「石井さんがそう考えるようになったのも、マッキンゼーでの経験からなんですね?」
 

石井「あの時、自分の人生観が変ったと思います。いくら社会の評価が高くても、自分に不要なものを捨てるのは、もったいないことでもなんでもないと気がつきました」
 

伊賀「大変な経験だったようですが、いい学びにつながってよかったです」
 

<マッキンゼーでのグローバルトレーニングにて>
 
 

伊賀「それで『芸人になろう』と思って退職を決められたわけですが、芸人って、どうやってなるものなのですか?」
 

石井「私のような経歴から芸人になるには、芸人の養成学校に入って、オーディションを受けて、という形が一般的です。ただ、私がマッキンゼーを辞めようと思ったのが5月頃で、養成学校はみんな4月か5月から始まるんで、入学時期に間に合うところが少なくて」
 

伊賀「それはタイミングが良くないですね。でも一年も待つのはどうか、って感じだったでしょ?」
 

石井「気持ちの勢いがあるうちに動かないと、タイミングを逃したらまた今までの”現実世界”に揺り戻されてしまう気がして焦りました。

 
インターネットでいろいろ調べているうちに、今いるワタナベエンターテインメントの養成学校に秋入学のコースがあると知り、『これだ!』と思って藁にもすがる思いですぐに入学オーディションを受けに行ったんです。

 
マッキンゼーでの“即断、即決、即行動”の学びがあったからこそ早く動けたんだと思います」
 

伊賀「それで見事合格!」
 

石井「合格と言っても素人限定オーディションですし、お金を払って学校に入るわけですから、そんなに厳しい基準ではないんですけど(笑)」
 

伊賀「オーディションでは何をしたんですか?」
 

石井「氷室京介の物まねとか、マイケル・ジャクソンのスリラーのサビの部分とか・・」
 

伊賀「それは見てみたい(笑) マッキンゼー退職後にその学校を受けたんですか?」
 

石井「いえ、退職前に有給休暇もあって、その期間に合格しました。でも会社の中の人には大っぴらには『芸人になるから辞める』とは言わないつもりだったんです」
 

伊賀「最後までみんなに言わずに辞めたんですか?」
 

石井「それが最後の最後になって、いろんな人が『これからどうするの?』、『大丈夫?』って心配してくれて。それでつい芸人になるって言ったら、みんな応援してくれて、なんだか胸が熱くなって、『いい会社じゃん?』って思いました(笑)」
 


<マッキンゼー退職後、シベリア鉄道に乗る旅行へ>
 
 

伊賀「そういえば私も、石井さんが辞める時に社内の人に送ったメールに『これからはエンターテイメント業界で頑張ります』と書いてあったのを覚えています。あれはお笑い芸人のことだったんですね。エンターテイメントのマネージメント会社に転職するのかと思っていました」
 

石井「実はあのメールには、養成学校の合格書も添付してたんですよ」
 

伊賀「そうだったんですか。ごめんなさい。覚えてないです」
 

石井「最初は隠してたんだけど、周りから『芸人になる人がそれでいいのか!?』と、何かしらの方法で社内にぶちまけることを勧められて」
 

伊賀「みんな応援してくれたんですね。ところで養成学校って、どれくらいお金がかかるんですか?」
 

石井「私のときは、週二日のコースが一年で50万円、週3日だと70万円の授業料でした」
 

伊賀「結構高いですね!」
 

石井「マッキンゼーでもらったお給料を、お笑い学校の授業料に当てました(笑)」
 

伊賀「それは有意義なお金の使い方です。それではこの後は、芸人の養成学校に入ってからのことを伺っていきましょう」