“お笑い”の世界で自分の壁を破りたい


伊賀「マッキンゼーを辞めて飛び込んだ芸人の養成学校ですが、ああいう学校って、どんなことをやるんですか?」
 

石井「一日3時間の授業が週に3日で、合計9時間の授業があります。そのうち4時間は『ネタ見せ』といって、自分のネタを披露して、大先輩の芸人さんや放送作家の方など講師の方々から批評を頂くという授業です。他には、演技や表現、ダンス、それに座学もあります」
 

伊賀「趣味で通うのなら楽しそうですね」
 

石井「実際そういう人もいるんですよ。スゴクいろんな人がいて、それは楽しかったですね」
 


<養成所の卒業ライブの様子>
 
 

伊賀「でもプロを目指すとなると厳しい世界なんですよね?」
 

石井「なによりまず、友達の間でちょっとおもしろいことを言うのと、プロとして舞台に立ってお客さんの前で笑いをとるのは、全然違うことだと学びました」
 

伊賀「すごく難しいわけですね?」
 

石井「難易度の差というより、全く違うことです。その点については一種のカルチャーショックを受けました」
 

伊賀「高校時代まで舞台の上で話すのが好きだった石井さんでもそうなんですね。他に、始めてみてわかったこともありますか?」
 

石井「東大を出ているということを、こんなに強く意識させられるんだということにも驚きました」
 

伊賀「どういうことでしょう?」
 

石井「当たり前ですが、東大にいれば全員が東大生だから、そんなことを意識する必要もありません。マッキンゼーでもそれは同じで、東大を出ているから云々と言われることはまずないでしょう?」
 

伊賀「ないですね。でも芸人の世界だって学歴なんて関係ないですよね?」
 

石井「ところが、芸人の世界にいると『東大ネタで笑いをとったらどうか』とか、『東大出身ならクイズ番組に出たらいいじゃないか』みたいに言われることが多いんです」
 

伊賀「そういわれれば学歴のいい芸人さんって、クイズ番組に必ずひとつ枠がありますね」
 

石井「私がオバカ系で笑いをとろうと思っても、『東大卒なのになんでそんな無理するの?』とか、『もっと知的なことやればいいのに』と言われるんです。いままで自分が東大出身であることを意識したことがなかったので、そういうレッテルを貼られるということに驚きました」
 

伊賀「なるほど-。でも同期って日本全体で150万人はいるはずで、そのうち東大生は3000人ですからね。芸人の世界に限って言えばもっと少ないだろうから、確かにめちゃめちゃ珍しいですよね」
 

石井「それを自分のウリとして使っていくべきなのか、意識しないべきなのか、その辺はすごく難しいと感じました。今となっては、使えるものは全て使っていく気概でいますが」
 


<初めてのテレビ出演 タイムショック>
 
 

伊賀「ところで養成学校は一年間だけですよね。2010年の8月に学校が終わってからは、どうでしたか?」
 

石井「学校が終わった時はすごく不安でしたね。どこにも帰属意識が持てなくなるので。『○○大学の学生です』とか、『マッキンゼーに勤めてます』と言えるだけでどれほど安心なことか、初めて理解しました。芸能プロダクションは所属と言っても、ひとりひとりの芸人は独立してますから、身分も保障もありません」
 

伊賀「芸人に限らず、独立してやっていくって経済的にも不安定だし、精神的にも厳しいですよね」
 

石井「時々、『私も芸人になりたいんです。どうやったらなれますか?』みたいな相談を受けることがありますが、多くの人は興味本意です。本気でやろうという人はほとんどいません。それだけ大変なことなんです」
 

伊賀「石井さんに決断ができたのは、なぜでしょう?」
 

石井「マッキンゼーでの死ぬほどつらい経験があったからです。それくらい追い詰められて初めてできる決断だったんだということは、気軽に『芸人になりたい』という人に会うとよくわかります」
 
 

★芸人として成功するためにも、壁を破りたい★

 

伊賀「養成学校を卒業して2年ですが、今の活動は?」
 

石井「関西の深夜番組にレギュラーで出させていただいています。でも収録は数本まとめてやるから、月に1,2回です」
 

伊賀「それ以外の日はなにを?」
 

石井「自分でネタを考えて練習したり、お笑いライブに出演したり、あとは先輩のライブのお手伝いや、人気タレントさんの代わりにリハーサルに参加したり、ですね。
 

下北沢や中野では、エントリー料を払って参加する、新ネタを披露するためのお笑いライブもたくさんあります。勉強のため他の芸人さんのライブや舞台を見に行くこともあるし。あとはアルバイトもしています」
 

伊賀「芸人としての稼ぎでは食べていけないということですね?」
 

石井「私は今、実家に住んでいるのでなんとかなりますが、そうでなければ厳しいです」
 

伊賀「アルバイトは生活費のため?」
 

石井「それもありますが、関心のある分野での翻訳のバイトなので、それ自体も気が紛れて楽しいです」
 


<テレビ銭ナールでパンストをかぶって・・>
 
 

伊賀「実家じゃなかったら、やっていけないでしょうか?」
 

石井「やっていけないこともないでしょうが、今よりバイトを増やさなきゃいけなくなります。周りの人からは、実家にいて余裕があるから覚悟が足りない、それでは成功できない、と言われることもあります」
 

伊賀「自分でもそう思いますか?」
 

石井「実家だから覚悟が足りないというより、なにか別の理由で、大きな壁を破ることができていない、という気はしています」
 

伊賀「大きな壁?」
 

石井「売れる売れないは運もあるし、自分ではコントロールできない部分もあるかと思います。でも、お笑い芸人として自分なりの表現をやりきった、と言える状態になりたいんですが、それがまだできていないんです。
 

『どうや、これでー!』みたいな、自分としては最高に自信があるものを提示できて、それで売れないなら諦めもつきますが、今はまだそれができているという気がしません」
 

伊賀「そのために足りないのは何なんですか?」
 

石井「試行錯誤中なのでわからないのですが、自分の殻がまだあって、それを破るのか怖いんだろうと思うんです。自分を完全にさらけ出すことができていない気がします」
 

伊賀「それが簡単じゃないことは、私にもわかります。でもそれがやれるまでは頑張りたいんですね?」
 

石井「あれだけ辛い思いをしてようやく芸人になると決心できたんです。だからその壁は破りたいし、その上で『これが石井てる美が生み出した新しい価値だ!』と言えるものを提示したい。そうじゃないと、あれだけの決断をした意味がないです」
 

伊賀「芸人になったこと自体は、後悔していないってことですよね?」
 

石井「もちろんです。自分でもよく決断できたと思うし、自分で選んだ道を走っていることを誇りに思っています。だからこそ、この壁だけは破りたいと思います」