波瀾万丈のグローバル転職キャリア形成記


伊賀「 NECを辞めて起業した際の経緯を、もう少し詳しく教えてください」
 
白鳥「自分を NECに入れてくれた先輩が、研究グループ閉鎖に伴って『自分は起業するけど一緒にやるか?』って電話をくれたんです。その場で『やります!』って即答しました。それがサイバーレーザーという会社です」
 
伊賀「その方もすごいですね。研究者自ら起業しようと決断されるなんて」
 

白鳥「とてもベンチャースピリットが強く、色々なことに興味のある方でした。あと、この 2000年は、いわゆる “ ITバブル”と呼ばれた年で、空前の起業ブームだったというのもあると思います」
 


<サイバーレーザー時代の白鳥氏>
 
 

伊賀「そうか、2000年だったんだ。それで、その先輩と白鳥さんと、もうひとりの研究者の方、3名で会社を立ち上げたんですね。事業は、それまで NECで製品化しようとしていたものですか?」
 

白鳥「はい。NECも承諾してくれて、それを自分達で製品化しようと会社を設立しました。お台場のベンチャー誘致センターのようなところにオフィスを借りて、開業しました」
 

伊賀「当時はベンチャーブームだから、資金集めには困らない?」
 

白鳥「全く困りませんでしたね。経営が素人の私がやっても、数社のベンチャーキャピタルからすぐに数億円が集りました。
 

ベンチャーキャピタルって、技術なんてわかってないところも多いんです。だから資金を入れる判断も横並びで、『有名な会社が投資した、じゃあ自分達も出資させてください』って感じです」
 

伊賀「そんなんじゃ放漫経営になってしまいそう」
 

白鳥「研究に関連しては、かなり思い切ってお金を突っ込んでいました。予算も、在って無いようなものです。
 

ITバブルと言われていたけど、IT以外の技術系ベンチャーは少ないから、出資したいというファンドがたくさんあったんです。だから、研究をしていてお金が足りなくなれば増資すればいいだけ。打ち出の小槌をもっているようなものでした」
 

伊賀「当時のベンチャーブームってそんなんだったんですね。たしかに業界全体が舞い上がっていたという記憶があります」
 

白鳥「お金が潤沢すぎるのはよくないですね。研究したいことが出てくると、費用対効果を見極めず『先行投資だ!』の一言で研究が始められる。資金が足りなければ、研究分野に優先順位を付けて絞り込み、もっとこだわって研究したはずです。本当はそういう方がよかったんだと思います」
 
 

★スタートアップ企業で経理、人事、総務から調停まで★

 

伊賀「でもサイバーレーザーは製品化には成功して、それなりに売上をたてていたんですよね?」
 

白鳥「 2年目に 1億円、3年目に 5億円、4年目には 10億円くらいの売上でした」
 

伊賀「スタートアップでそれくらい売上がたっていれば、投資したいと考えるファンドは多かったでしょうね。
 
会社は 3名で始めたということですが、その頃は何名になっていたんですか?」
 

白鳥「私がいた最後は 50名くらいになっていました」
 

伊賀「 IPOを目指していたんですよね?」
 

白鳥「そうです。『 IPOするぞ! 大金持ちになるぞ!』って感じでした。そのためにみんな必死で働いていて、月に一日休めるかどうかというペースです。当時のベンチャー企業はみんな、そういう熱狂の中にありました」
 

伊賀「たしかに。あの当時の熱い空気を思い出します」
 


<当時のサイバーレーザーのオフィス>
 
 
伊賀「ところでサイバーレーザー社での、白鳥さんの役割は何だったんですか? もちろん研究開発もされるんでしょうけど」
 

白鳥「創業者 3名の役割は、社長が経営全体、2人目の先輩が研究開発の担当で、私はそれ以外全部ですね。会社の登記、人事、総務、経理、採用、あと、民事調停もあったのでその対応もやりました」
 

伊賀「初体験のことばかりですね?」
 

白鳥「そのとおりです。簿記の資格も取りましたよ。なにもかも一から勉強しました」
 

伊賀「大変そう。でも、ここで研究以外のことを担当したことが、後々の白鳥さんのキャリアを拓いたともいえますね?」
 

白鳥「その通りです」
 

伊賀「すごくよい経験をされたのだと思います。私はマッキンゼーの面接の時にも白鳥さんのお話しを伺いましたが、それらの経験からビジネスパーソンとして必要なことをすべて学んでこられたことがよくわかりました。
 

それで順調に会社も成長し、次は4年後にサイバーレーザーを離れた理由を教えて頂けますか?」
 

白鳥「いろいろありますが、最終的には社長との経営方針の違いがでてきたことでしょうか。社長は拡大路線で、本業以外にもベンチャーキャピタル子会社を作ったり、M&Aを検討するなど、新しいことをどんどん始めていました。
 

一方の私は、まずは技術をベースにして製品を開発し、それを売るという本業をしっかり育てるべきで、そんなにアレコレ手を出すべきじゃないと考えていました。どちらが正しいのかはわかりませんけれど」
 

伊賀「それで 4年後の株主総会で、役員を降りたんですね?」
 

白鳥「なんどか話し合いましたが、今後の方向について合意ができませんでした。だから次の仕事が決っていたわけでもないんですけど、とにかく辞めたんです」
 


<展示会に出展したサイバーレーザーのブース>

 
 

★名前も知らなかったマッキンゼーに入社★

 

伊賀「波瀾万丈ですね。就職するはずだったアメリカ企業の部門が丸ごと売却され、潜り込んだ日本企業では半年でチームが解散。そして自ら起業して 4年で退社・・・。その後はどうしたんですか?」
 

白鳥「 4年間走りっぱなしだったので、数ヶ月休んでから就職活動をしました。人材エージェントに登録して仕事を探しましたけど、メーカーの地方工場とか、そういうのしかなくて・・・正直、ちょっとモノ足りませんでした。
 

どうしようかなーと考えていたら、当時、サイバーレーザーにはいろんな人が入社していたのですが、その中のひとりが元人材コンサルタントだったんです。それで彼が『白鳥さん、コンサルタントが向いてるかもよ。マッキンゼーでも挑戦してみたら?』と言ってくれて・・・」
 
伊賀「それでマッキンゼーを受けたんだ!」
 

白鳥「マッキンゼーなんて組織の名前すら知らなかったんですが、そのアドバイスを受けた日に本屋にいったら、マッキンゼーの中興の祖であるマービンバウアー氏の『経営の本質』があったので、さっそく買って読んでみたんです」
 

 

伊賀「あの本は 1960年代後半に書かれている、すごく古い経営書ですよね」
 

白鳥「そこに驚きました。本の中には、自分がサイバーレーザーで素人経営者の一人として苦労してきたこと、悩んできたことが全部、キレイにまとめられていました。
 

『オレの悩みって 50年前に解けてたんだ!』と目から鱗が落ちましたね。どういう仕事をするのかは全く想像がつかなかったけど、すごいところみたいだから、とにかく門を叩いてみようと」
 

伊賀「面接を受けて、マッキンゼーから内定がでた時は迷いはありませんでしたか?」
 

白鳥「全くないです。まず年収を聞いてびっくりしました(笑) それまでは、創業者として株式を持っているとはいえ、ベンチャー企業だから年収は数百万円です。それがいきなり倍以上の額を提示されたので・・・」
 

伊賀「たしかに水準が違いますよね」
 

白鳥「パートナーの方が入社条件の説明をしてくださって、『家族とも話し合ってよく考えてからサインしてください』と言われたんですけど、私は『いえ、今サインします。あなたの気が変らないうちにサインさせてくださいっ!』って感じでした(笑)」
 

伊賀「年収が倍になったマッキンゼーですが、やっぱり入社したらすごく大変だったんですよね?」
 

白鳥「わけがわかりませんでした。まず、日本人であんなに英語ができる人達と働いたことがなかったんでビビリました。『自分はどーなってしまうんだろう?』と不安で不安で」
 


<マッキンゼー時代の同僚と> 
 
 

伊賀「そういう環境に慣れるためということで、最初に海外でのトレーニングに参加したんですよね? 世界中からMBAを持っていない新人コンサルタント、たとえばサイエンス系のドクター出身のコンサルタントが 3週間、一緒に勉強するというプログラムがあったと記憶していますが」
 

白鳥「あれも地獄でしたね(笑) 課題図書である英語の分厚い本を全部読んで、翌日のケースが渡されたらそれもまた徹夜して読んで、それで翌日の議論にやっとついていけるという感じです。本当に大変でした」
 

伊賀「その大変な経験も、今から振り返ればいい経験と言えますか?」
 

白鳥「それはもちろんです。人間には自分が気持ちよくすごせる『コンフォートゾーン』という範囲があります。人はその中にいたら成長しません。その範囲を越える何かに挑戦して、初めて成長できるんです。
 

私が地獄のようにつらかったと言っているのは、それくらい、当時の自分からみるとストレッチした場所に放り込まれたということです。
 

背伸びしても背伸びしてもギリギリしか到達できない。そういう場所で鍛えられたからこそ、急速に成長できました」
 

伊賀「何年くらい大変でしたか?」
 

白鳥「最初の 1年はついていくだけで必死だったと思います。パートナーには、『そんなに焦るな、2-3年かけてできるようになればいい』と言われたけど、自分より 10歳くらい若い人がすごいデキるわけですから、やっぱり焦りますよね」
 

伊賀「よくわかります。では次はマッキンゼーでの経験について、お聞きしていきますね」