“高校生社長”の失敗から実践する地域再生のプロへ

 

伊賀「商店街での仕事はいかがでしたか?」
 

木下「若くてパソコンも分かるので重宝され、いろいろ任されました。自分から提案したことも『自由にやってみろ』と言ってもらえる。
 
それがおもしろくて、放課後は商店街の事務所に入り浸るようになりました」
 

伊賀「かなり先進的な商店街だったんでしょうか?」
 

木下「商店街が音頭を取って、大学や環境機器メーカーと組んだイベントを開催したり、
 

当時はまだ行政もやっていなかった空き缶やペットボトルのリサイクル事業に取り組むなど、小さいながら全国から注目されていました」
 


<積極的に地方を訪問>
 
 

伊賀「高校生としては、すごく目新しい経験ができますよね」
 

木下「ええ、あるとき早稲田大学にイベントを行うための場所を貸して欲しいと頼んだんですが、最初は有料でないと無理と断られたんです。
 

ところがその後、区役所や東京都、さらに国連大学までがそのイベントに関心を示し、支援を表明してくれた。
 

そしたら今度は早稲田大学も喜んで場所を貸すと言い出して・・・。そういう交渉の知恵も、目の前で見ることができました」
 

伊賀「小さな商店街の提案だとノーだけど、有名団体を巻き込めば OK が出る!」
 

木下「大人の世界ってこうやって回っているんだ。誰もやっていない何かを自分たちで動かす時には、こういう工夫が必要なんだと学べました」

 

伊賀「高校生としては異例なほどたくさんの大人と会っていたんですね」

 
木下「大企業から中小企業の社員や経営者、霞ヶ関の官僚から地方行政マン、国会議員から市議会議員まで、普通に高校生をやっていたらまず会わないような多様な人が活動にかかわっていました。
 

僕は参加者ネットワークの事務局もやっていたので、毎日のようにいろんな大人と会えていたんです」
 
 

★補助金で変質する町興し★

 

伊賀「御著書には、その後、国から補助金が入ったために早稲田の商店街の活動が大きく変わってしまったと書いてありました。何が起こったんですか?」
 
 

 
 

木下「2つありまして、1つは中小企業庁から補助金が入って、同じモデルを全国に広めようという話になったこと。
 

もう1つは経済産業省が、中心市街地活性化法という新法の社会実験モデル地区に早稲田商店街を選んでくれて、大きな予算が与えられたことです」
 

伊賀「どれくらいの額ですか?」
 

木下「それまでは年間 60万円くらいの予算で頑張っていた商店街に、いきなり 2000 万円を超える巨額の事業費がつきました」
 

伊賀「突然、そんなお金が振ってきたら考え方が変わりますよね?」
 

木下「額が大きすぎるから神楽坂の商店街を巻き込もうという話になったり、これだけ予算があるんだから調査をしようという話になったり。
 

『何をしたいか、それにはいくら必要か』という順番ではなく、『与えられた予算をどう使うか』という議論になってしまったんです」
 

伊賀「しかも国からお金をもらうと手続きが大変しょ?」
 

木下「その通りです。領収書の管理とか会計報告などの事務仕事が増え、そのためのスタッフを雇う必要がでてきて、
 

“商店街活性化のための組織”が、“国の予算を使い、管理するための組織”に変わってしまいました」
 

伊賀「それで少しずつ、活動から離れていったんですね?」
 
木下「補助金目当てにアドバイザーを自称する怪しげな人が現れたり、関係者が増えるから調整のための揉め事も多くなり、それがイヤで離れていく人も多かったです」
 


<取材当日 オフィスにて>
 
 

★高校生で社長へ★

 

伊賀「その頃に起業の話がでてきたんですね? 高校生で社長になるのは異例な気がしますが、経緯を教えてもらえますか?」
 

木下「早稲田には全国の商店街から視察の人が来ていました。私はその中でもやる気のある人を選んで加盟してもらう、インターネット上のコミュニティ “re-net” (リネット)の運営を担当していました。
 

最初はネット上だけのコミュニティだったんですが、そのうち、一度みんなで集まろうという話になって」
 

伊賀「何人くらい集まったんですか?」
 

木下「全国 5 ~ 60の商店街から、80人くらいの人が信用金庫の会議室に集まりました。リサイクルサミットと名付けたら、役所の人も来たし、メディアからの取材もたくさん」
 

伊賀「メディアも行政も “街作り” や “リサイクル” というキーワードが大好きですから(笑)」
 

木下「2回目はもっと大きくなって、都庁のホールを借りて集まったんですが、この時に話が盛り上がって、みんなで会社を作ってなにかやろうということになったんです」
 

伊賀「これだけの人が集まったら、なにかできるはず、と?」
 

木下「今考えれば根拠のない自信と熱狂がありました。次の集まりまでに会社設立をということになり、株式会社 商店街ネットワークが設立されました」
 

伊賀「とはいえなぜ高校三年生の木下さんが社長に?」
 

木下「インターネットを利用して商店街の活性化を目指そうという話だったので、早稲田商店会の会長が『新しいことは、新しい人間がやるのが1番。木下やるか?』と言い出して。
 

私は普段から生意気な意見を言ったりしていて、それなりにインターネットもよくわかっていたので、やってみようと」
 

伊賀「悩まれませんでしたか? 高校生で株式会社の社長なんて。何歳ですか?」
 

木下「17歳ですね。一日だけ考えましたが、なかなかそんな機会はないし、おもしろそうという気持ちが勝っていました」
 


<高校生社長として新聞にも取り上げられる>
 

 

伊賀「具体的に何をする会社だったんですか?」

 

木下「最初のアイデアは、北海道のカニを九州の商店街で売ったら儲かるんじゃないか、ネットで注文を受けて、店舗で売れば良いというようなものでした。“有店舗による無店舗販売” と呼んでいました」
 

伊賀「楽天市場が流行り始めていた時だから、ネット販売に可能性がありそうに思えたんですね。上手くいきましたか?」
 

木下「全くダメでした(笑)。客もこない商店街に北海道のカニがあっても売れません。
 

木下「しかも、最初はネットで全ての処理をするといっていたのに、いつの間にかファックスでも送ってくれみたいな話になるし、商品代金の踏み倒しも発生して・・・」
 

伊賀「夢を語るのは楽しくても、現実の細かい話になるとトラブルが続出しますよね」
 

木下「今から思えば、当初から『ネットで売ればきっと儲かる』みたいな適当な話で走り始め、経営という意味でも投資という意味でもあり得ないくらい杜撰な計画でした」
 

伊賀「でも社長としてはなんとかしないといけない。そこで新しい試みが始まるわけですね」