IT、経営、大学、政治・・・縁がつなぐキャリア形成


伊賀「富士通で配属された、金融システム開発部門でのお仕事について、教えてください」

 

江端「当時は電子メールもないですから、システムの仕様書は全部、紙に印刷されていました。金融システムは巨大ですから、通帳チームとか、端末チーム、ジャーナルチームなど、ものすごくたくさんのグループに分れてコーディングをしています。
 
それらのチームに、大量の仕様書や連絡書類をコピーして配るという仕事があるんです。部門全体でいえば、文書管理を担当するということですね。
 

その中での新人の私の仕事は、30ページとか、時には100ページにもおよぶ仕様書や技術書類、連絡書類を、各部門分コピーして、それを社内便で発送する、という仕事です」

 

伊賀「それは体力が要りそうですね?」

 

江端「紙があまりに大量で、台車に乗せて運ぶんですよ。しかも当時はコピー機が巨大で、“コピー室”という特別な部屋に設置してあるんで、そこまで資料を運び、終わったコピーを取りに行き・・」

 


<就職して一年目 本人は前列>
 
 

伊賀「江端さんって若く見えるのに、話を聞いていると『いつの時代に生きていたんですか?』と言いたくなるような話が多いですよね。コンピューターの世界の進歩の早さ、移り変わりがそれほど早いということですね」

 

江端「今からは想像もできない時代です。あの頃は、プログラミングといっても紙に鉛筆でコードを書いていたんですよ」

 

伊賀「コードを紙に書いてたんだ!?」

 

江端「会社で一人一台のパソコンが普及したのはそんなに昔じゃありません。当時はまだコンピューターはとても高価で、IT企業でさえ、ひとり一台なんて職場はありませんでした」

 
 

★じゃんけんで決まった部署異動★

 

伊賀「コピー取りを一年やって、その後はめでたくプログラミングをする部署に移れたんですか?」

 

江端「実は一年目もこっそりとコーディングの仕事を手伝ったりはしていたんですが、2年目に、私ともうひとりの女性のどちらかだけ、開発の部署に異動させるという方針が決って・・・」

 

伊賀「それで江端さんが選ばれたんですね?」

 

江端「選ばれたんじゃありません。『公平に決めるために、君達じゃんけんで決めなさい』って言われたんです」

 

伊賀「ええーっ、じゃんけん? そんなことで異動を決める会社があるなんて・・・」

 

江端「見事じゃんけんに勝ったので、私は通帳プリンターチームに異動することができました(笑)」

 

伊賀「これはキャリア形成に関してのインタビューなのに、“じゃんけん”で決ったなんて言われると困ります(笑)」

 

江端「じゃんけんは極端としても、そういうことはよくあるんですよ。自分の関係ないところ、どうしようもないところで配属が決るようなことは、いつでもどの会社でも起こりうることです。だから個人にできることは、与えられた仕事を一生懸命やるしかないんです」

 
 

★何をやっても「前例がない」と言われた女性SE時代★

 
伊賀「念願の金融システム開発部門、しかも前線でのお仕事はどうでしたか?」

 

江端「おもしろかったですよ。でも女性技術者は業界でも珍しいので、お客さんのところにいくと、部長の秘書扱いをされたり、出張するとなると、『女性を出張させていいのか?』と社内で議論が行なわれたり、いちいち大変でした」

 

伊賀「私もお客様から『あんたの会社は女性も出張させるのか?』って言われたことがあります」

 


<銀行のIT部門で働いていた頃>

 
 

江端「初めての泊まりがけの出張の時には、『女一人じゃ危ない』とかいって、男性の課長代理がついてきたこともありました。完全に子供扱いです(笑)」

 

伊賀「必要もない男性を出張について行かせる方が、よほど危なそうですけど(笑)」

 

江端「海外出張も女は初めて、だったかな。とにかく何をやっても『前例がない』と言われ、いちいち話し合いが行なわれてました」

 

伊賀「そこから留学したいと思われた理由はなんですか?」

 

江端「私が留学する前年の1989年に、富士通でも初めて企業派遣で社員を留学させるという制度ができて、そのことが社内報に載っていたんです。それを見て私も行きたいと思いました」

 

伊賀「当然、女性の派遣は前例がないでしょう?」

 

江端「部長が人事部に電話して、『うちの部門にも希望者がいるから推薦の手続きを教えてくれ』って聞いてくれたんですけど、人事部の方は当然、男性だと思ってるんです。それが、電話の中でこちらの部長が『それで、彼女の場合は・・・』って言ったとたんに電話の向こうで、『えっ!? 女性ですかっ?』って絶句していました」

 

伊賀「部長がすぐに人事部に連絡してくれるんだから、江端さんの仕事振りは高く評価されていたということですよね。それで、留学は認められたんですか?」

 

江端「だめでした。そもそもビジネススクールに派遣するのは管理部門のスタッフが原則で、会社側は、技術者を2年も職場から離したら全く使えなくなってしまうと考えていました。しかも女性ということで、『江端さんは、60歳までうちの会社にいるんですか?』とも聞かれました。そういう時代だったんです」

 
 

★フルブライト奨学金を得てMITへ★

 

伊賀「それでどうしたんですか?」

 

江端「人事部の部長に自分で掛けあってみたんですが、難しいと言われ、外部の奨学金をとろうと考えました」

 

伊賀「どうしてそこまでして留学したかったんですか?」

 

江端「長く技術者として働いてきて、技術に関してはある程度わかってきていました。でも、時々目にする財務系の書類とかは、意味がよくわからないんです。みんな必死で働いているけれど、自分達の仕事でいくらの利益がでているのかもわからない。
 
しかも銀行のシステムを作っているのに、金融業がどういうビジネスなのかもわかっていない。どんなシステムを作れば顧客の利益に貢献できるのか、わからないわけです。それで、技術以外の分野も勉強したいと思いました」

 

伊賀「それならたしかにビジネススクールが向いていますよね。奨学金はフルブライトなんですね」

 

江端「奨学金を頂けたのは幸運でした。しかもフルブライト奨学金をもらうための最終面接で、アメリカ人の面接者に『江端さんはなぜMITを受けないの?』と言われたのが何より大きかったです」

 


<留学直前のサマースクールにて。隣は現在のパートナー>
 
 

伊賀「MIT, Massachusetts Institute of Technology ですね? 技術やITに強い一流ビジネススクールですが、それまでは志望していなかったんですか?」

 

江端「私は帰国子女でもないから英語もできないし、ビジネスも全然知らないのに、そんな一流大学を受けるなんて考えもつかなくて受けていなかったんです」

 

伊賀「それなのに、フルブライト奨学金の面接者が勧めてくれたんですか?」

 

江端「『あなたは技術者としての経験やスキルもあるし、大学も理系だし、なぜMITを志望しないのか?』と聞かれたんです。それを聞いて『アメリカ人がそんなことを言ってくれるってことは、入れる可能性があるのかな?』と思って・・・」

 

伊賀「それがなければ、受けていなかった?」

 

江端「受けてなかったでしょうね。面接でそう言われた時も応募締切り日の直前だったので、徹夜で書類を作って応募しました」

 

伊賀「それで見事合格! すごいですね。英語は今までも勉強していたんですか?」

 

江端「社会人になった後、英語学校には週二回くらい通っていました」

 

伊賀「やっぱり日頃から準備をされていたんですね。多忙を極める金融システムの開発部門にいて、英語学校にも通っていて、それでも部長が『留学させてやろう』と考えてくださるくらいきちんと仕事をされていたわけですから、立派ですね。
 
ところでフルブライトの奨学金が決った後は、会社を辞めて留学しようと思いましたか?」

 

江端「いえ。卒業後は富士通に戻って、富士通総研とか、ITの上流工程の部門で働ければいいなと思っていたので、この時点で辞めるつもりはありませんでした。
 
企業派遣制度はダメだと言われたけど、外部の奨学金が得られたので、休職して留学できないかと思ったんです。でも、また『前例がない』と言われ(笑)」

 


<取材当日の江端さん>
 
 

伊賀「ずっと同じパターンですね。それでどうしたんですか?」
 
江端「当時の富士通の社長だった関沢氏に直訴しました。しかも休職だけじゃなくて、『社会保険の自己負担分が払える程度の給与も払ってください』って・・」

 

伊賀「えー! 一社員が社長にそんなことを直訴するんですか? いったいどうやって直訴したんですか?」

 

江端「富士通だったんで、ニフティで・・」

 

伊賀「それは笑い話みたいですね。富士通の社員がニフティで社長に『休職して留学させてくれ』って直訴するなんて、今なら、ソフトバンクの孫社長に社員がツイッターで直訴するみたいなもんですね。
江端さんて常識人に見える一方で、ここぞと言う時はすごい行動力ですよね?」

 

江端「そういわれれば、ここぞという時には勝負にでますよね。政治家になろうと選挙にでたのもそうですし」

 

伊賀「それは意識的なものですか? 『ここが勝負どころだ』みたいな?」

 

江端「そういうわけでもないですが、人がやっていないことをやるのに躊躇はないですね。自分がやりたいことはやってみる、とりあえず扉を叩いてみる、という感じです」